※この記事は、実際の相談事例をもとにしたストーリーです。
個人が特定されないよう、一部の内容を変更しています。
法的な詳細については、司法書士・弁護士と確認の上で作成しています。
具体的な法律判断は、必ず専門家にご相談ください。
「相続放棄すればいい」
SNSでよく見る言葉です。借金が多い、田舎の不動産の管理が面倒、
関わりたくない——そういう理由で、相続放棄を選ぶ人が増えています。
確かに、相続放棄は法律上認められた権利です。
・・・それ自体は、間違いではありません。
ただ、私が見てきた実例の中に、こんな話があります。
「放棄は、問題を消したのではなかった。
別の人の人生に、そっくりそのまま移っただけだったのです。」
ある日、親が亡くなった
その方は、一人っ子でした。
親子仲は、良くありませんでした。
それでも、親が高齢になってからは、
施設への入居手続きや費用の負担を、黙って続けていました。
・・・そして、親が亡くなりました。
「全財産、不要です。関わりたくない。相続放棄します。」
その決断は、法律上有効でした。
相続放棄の手続きは、粛々と完了しました。
しかし、ここで終わりませんでした。
「取り消せるはずだ」の3ヶ月
相続放棄をすると、相続権は次の順位の相続人へ移ります。
この場合、親の兄(叔父にあたる方)に相続権が移りました。
そのお兄さんは、弟の死亡を知っていました。
葬儀にも足を運んでいました。
そして、一人っ子が相続放棄をしたことを聞いた時、
こう思ったそうです。
「そんな勝手なことができるのか。取り消させれば済む話だ。」
お兄さんは、その一人っ子に、繰り返し言い続けました。
「放棄を取り消せ。」「責任を果たせ。」
でも、法律上、相続放棄は撤回できません。
一度行われた放棄は、取り消すことができないのです。
お兄さんがその事実を知った時には、
自分自身の「相続放棄できる期間(3ヶ月)」が、
すでに過ぎていました。
感情に動かされた3ヶ月が、
お兄さん自身の選択肢を、静かに奪っていました。
複雑に絡み合う 知らない相続人たち
お兄さんは、逃げることも、すぐに売ることもできない状態になりました。
さらに問題は続きます。
亡くなった親には、他にも兄弟姉妹がいました。
しかし、そのうち2名はすでに他界していました。
相続権は、その子どもたち(甥・姪の世代)へ移っていきます。
連絡を取り合い、何とか全員から放棄や売却への同意を得ました。
ところが、そこで終わりませんでした。
昔の家族関係にはよくあることですが、
かつて養子として迎えられた兄弟の存在が、戸籍調査の中で発覚したのです。
数十年、音信不通。
連絡先も、居場所も、分からない。
遺産分割協議は、相続人全員の合意がなければ成立しません。
見つからない相続人がいる限り、不動産を売ることも、
名義を変えることも、できないのです。
・・そんな時に売却できないのか?とご相談がありました。
今日も続く、終わりの見えない負担
お兄さんは、選択肢を失ったまま、現実と向き合いました。
被相続人が住んでいた家は、かなり老朽化していました。
いつ台風や地震で倒壊し、周囲に迷惑をかけるか分からない。
結局、お兄さんは自分のお金で解体しました。
更地になった土地は、雑草からの維持管理と解体費回収のために貸地にしました。
田舎ではありましたが、借り手がついて正直ラッキーでした。
賃料は入ります。でも、解体費用の返済と固定資産税の負担が続きます。
支出の方が多い状態が、今も続いています。
そして、お兄さんが一番恐れているのは、別のことです。
「この負動産を、自分の子どもに引き継がせることになるかもしれない。」
日本の法律が変わることを祈るよ。。思い出すと不安になる——
そう話してくださいました。
放棄は問題を消さない。移すだけだった。
この話で、私が伝えたいことは一つです。
相続放棄は「問題を消す」手段ではありません。
「自分が受け取らない」と決めることであり、
問題そのものは、別の誰かに移っていくのです。
それが、まだ交流のある身内であることもあります。
数十年ぶりに連絡が来る、疎遠な親族であることもあります。
この話のように、誰も知らなかった存在に行き着くこともあります。
そして、一度した放棄は、取り消せません。
感情のまま過ごした3ヶ月が、選択肢を奪うこともあります。
「どうせ放棄するつもりだから」と、動く前に相談しない方がいます。
でも、放棄する場合こそ、事前に全体像を整理してほしいのです。
・誰に相続権が移るのか
・その人たちは、状況を把握しているのか
・不動産はどういう状態で、どんな問題があるのか
・他に知らない相続人はいないか
これらを「見える化」した上で、判断してほしい。
相続放棄が正解のケースは、確かにあります。
ただ、「感情で即決する前に、一度立ち止まる」。
それだけで、別の人の人生を守ることができたかもしれない話が、
現実に起きています。
相続放棄を考えている。あるいは、放棄された側で困っている。どちらの立場でも、まずは現状を整理することから始めませんか。
法的な判断は、司法書士・弁護士が担います。
ただ、その前に「全体像を把握する」ことが、最初の一歩です。
お気軽にご相談ください。
